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zoom RSS 関ヶ原に行って来ました

<<   作成日時 : 2017/03/30 23:34   >>

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昨夜の送別会二次会で、お向かいの同僚(男性)に「明日、関ヶ原に行くの」と言ったら、「関ヶ原?!何しに??」とかーなーりびっくりして聞き返された。
いや、オタ活動の一環なんですが、「ぶらぶら歩くだけ」と答えておいた。
・・・寝不足で辛かったんですが、司馬遼太郎「関ヶ原」の下巻をお供に、駅前の観光交流館で借りた電動アシスト付きレンタサイクルに乗って、関ヶ原をかけめぐってきました。

かつての激戦地は、今では田園地帯(いや、昔もだけど)。
はるか伊吹山は山頂はまだ真っ白ですが、関ヶ原のどこを巡っても梅の花が咲き・・実際梅の木が多い気が・・畑の上空ではヒバリが鳴いてて、ほっこり。

黒田長政&竹中重門の陣跡は麓から見るだけにして、決戦地、そして一番行きたかった石田三成陣跡&島左近陣跡へ。
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各陣営の様子が一望できる、ナイスな位置です。
案内版でどの武将がどこに陣を張っていたか、とってもわかりやすかった。
おじさんグル−プの観光客さんたちが「西軍が絶対勝つはずの陣営だ」と言ってましたが。
見えないところで西軍はぐだぐだ、宇喜多軍、大谷軍、石田軍、小西軍だけが奮闘、
でも小早川が裏切らなかったら、ひょっとして西軍は勝っていたのかも・・・なんて考えながら眺めてました。

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島津義弘陣跡→開戦地(小説に書かれていて胸アツ)&小西行長陣跡→宇喜多秀家陣跡→継いで行きたかった大谷刑部の墓へ。
こちらは徒歩で東海道線のちいさな踏切を渡り、山道をひたすら登って行きます。
途中の眺望地からは、松尾山の小早川秀秋の陣跡がしっかり見えてて、大谷刑部の覚悟のほどが感じられます。
今は、眼下に東海道線と、東海道新幹線と、名神高速道路が・・!!
そして、一人で歩いていると、墓までは辛かった・・そして熊でも出ないかと不安だった(^_^;)
着けば先客がいたのだけど、こんな時は一人旅はちょいコワイです。
写真のように、とても手入れがなされ、きれいに花も手向けられていました。

・・・ここまでで、体力消耗マックス、紫外線をいやというほど浴びて目が疲れてずっと右目から涙、でも自転車の返却時間まで二時間。根性をふりしぼり、もう少し廻ることにしました。
電動アシスト付きでなかったら、もうここで終了撤収だったかもですが。

東海道新幹線の下をくぐり、松尾山麓の脇坂安治陣跡へ。
大谷刑部のもとで戦っているハズが既に徳川方と通じていて、小早川の裏切りに呼応して大谷軍を攻めます。それで大谷刑部は覚悟を決め、切腹します。小説を読んでいると、ここから西軍各武将の最期が描かれていきます・・・(>_<)

続いて道にかーなーりー迷いながら、藤堂高虎&京極高友陣跡(中学校の敷地内!!)、福島正則の陣跡(樹齢800年の杉がみごと・・絵巻に描かれているっぽいですが、どれ?)、大通りを渡って東首塚。
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もうちょっととばかり、本多忠勝陣跡(ホントに住宅地、個人のお宅のウラ)まで。
ここへはかなり迷ったので、本当に力尽きて返却に50分を残して観光交流館に戻りました。
疲れ切って、帰りの電車はほとんど居眠り。
でも、8月封切りの映画「関ヶ原」を見る時は、この場面はあそこ、どこ、と思い出しながら見られる事は確か・・・いいかどうかはわからないけれど(^o^)。

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